萩原高の辛口エッセイ:鳥の眼犬の眼笑鬼の眼7(2001.8.8 up)




2007年には、日本は世界で最初に高齢化社会を迎える。
なにしろ、1/4が、リタイア人口となる数字である。ベンチで待つ外来患者を見てしまうと、
その感を強める。 ひたひたと押し寄せる高齢化の波が、そこにはある。
年をとれば病人は増えるさ、という意見もあるだろうが、そうだろうか、
現代病「ストレス」が一番溜まっているのは、 むしろ、働き盛りではないか。
二部授業、受験戦争、人並み意識などの精神的疲弊は、年功序列の廃止、
組織のフラット化によるリストラクティング、 単身転勤、分社化などに加え、
この株価低迷の中で、 更にストレスを強めているはずです。
「49歳が危ない」と特集記事を書いたのは、週刊朝日だった。
実のところ、団塊の世代こそ、病んでいる。
しかし、外来受付で見る光景は、姑に付き添ってきている団塊の世代の、妻の姿だ。
長男の嫁がする介護の苦悩が見え隠れしている。 高齢化日本にあるサンドイッチ構造である。
これは、大家族制の亜細亜の国、とりわけ、老人を敬う儒教の韓国では、日本の比ではないことと思う。
資源の少ない日本では、知は力というものの、昔の時ほど数学の算術が長けているわけもなく、
四季を喜ぶ割には、生物理科学の研究者が増えるのでもない。
暗記で合格するマークシート式では、記述力も衰える。
そのなかで、ひとつ日本がリードできるものがある。
高齢化国家として、世界を、いや、少なくとも亜細亜圏を喜ばすことができるものがある。
資源の少ない日本が考えること、それは、デザインである。 エルゴノミック・デザインである。
コシノジュンコさんをはじめとする服飾デザイナーは、
高年齢者のためのファッションデザインを考えたいと言い出してくれたことだ。
手が動かしやすい、歩き易い、着やすい、脱ぎやすい、疲れない、かぶれない、と
すべてに楽で安全な服装をこれから創りたいと。 ここには、彼女達が見る介護の世代があるのだ。
柔らかい生地、伸縮自在な生地、燃えにくい生地、汚れにくいイ生地、洗いやすい生地、
抗菌性の生地。ボタン穴の大きなデザイン、幅広のナイロンファスナー、
マジックテープの多用、大きなポケット。外出時にも目立つように、
今までの地味な色から明るいカラー、もしかしたら蛍光色も取り入れてデザインしてくれる。
おそらくは、こうした機能的なシニア・ファッションを生み出してくれるのだろう。
ゲレンデで深紅のセーターを着込んで、
優雅にゲレンデを、シュテムクリスチャニアのシュプールを、しかも正確につけて滑る。
これが、70歳くらいの自分の描いていた老後の姿であったのだが…
どうやら、叶わないことになった。
それはともかく、こうしたデザインをユニバーサル・デザインというが、
象印の電気ポットが、頭部の凹み部分の高さを数センチ下げただけで、
老人が座ったままの手で湯を楽に出すことができたのも、
アンケート葉書から実現したユニバーサル・デザインである。
健常者ではない者にも楽に操作しやすいデザインが、家電製品に求められ、
電子レンジも家庭電話も随分デザインが考えられるようになってきた。
腎生検術後の検査で照れ臭いが車椅子に乗せられて、MRI 撮影室に行った。
床の段差が身体に直に解る乗り物である。押してもらっての移動であったが、
自身が手で回している姿を思い浮かべると、車椅子の重さも気になった。
スポーツギアとしてパラリンピックが、素材の開発を更に高めてくれることを願うばかりだ。
最近は、電動車椅子の事故が、携帯電話の信号による暴走だという記事もでた。
心臓のペースメーカーに障害が出る怖れがあるというのは、
見えない気づきにくい悲しい事故であるが、これは見える事故である。
科学の進歩が信号という世界で事故の味方ともなり、敵にもなる。
(食事をしていた友人の胸の痛みに、咄嗟に父親の死を思い出し、携帯電話で救急車を呼んだことが
一命を取り止めたことになったのは、1年前のことだった。)
上がり始めと降りる頃の、平面の部分が取られていないエスカレーター。
いきなり傾斜のエスカレーターを設置するスペースの貧しさ。
階段に付けていても踊り場では省略されてしまった把っ手棒。
信号機の時間が足らない横断歩道。横断歩道の端を路面 指示通りに走らない自転車などなど。
これさえも、痛風のためのサンダル履きで知った町のデザインである。
検査結果によっては、プルトニンの服用を薦められている。ステロイドである。
この副作用の説明を受けた。3/1000という確率で、大腿骨頭壊死という障害を伴うと告知された。
40mgの連続投与で10日目に発生するが、自覚するには日にちがかかると聞かされた。
すぐには服用をやめられない薬であることも。インターネットで、この経験者のHPを探して読んだ。
壊死の場所によっては、人工骨の手術があるというが、経験者の多くは、時間差を経て、
左右に発生していた。5年内外で両足ともに整形外科手術である。
スポーツは当然禁止。それが、先に書いた、叶わなくなるであろうシニア・スキーの姿である。
ゴルフも今年で打ち納めとなってしまう。
高齢化社会でのと考える前に、バリアフリーが身じかな問題として自分に向かってきた。
万が一ではなく、千が一である。正直、予想外であった。
歩行困難という世界が1年以内に来る可能性を否定できないのだ。
これまで通りの仕事では無理が出る。生活行動の許容範囲が変わる。眠れない夜が増えた。
バリアフリーが市条例に組み込まれた都市がある。おおかたは、政令によるバリアフリー法に拠る。
公共建設工事費用は、地味でも細かくても、こうした改善に費やしてもらいたいものである。
日本のTV番組に最近、やたらに言葉のテロップ文字が入る。眼にうるさいと思っていたが、
見方が変わった。耳の不自由な方々にも楽しんでもらえるようにとの配慮からかもしれないぞ、と。
「IT 革命」という単語が大げさに取り上げられ、資源のない日本では、知力を活かし、
業務の効率を計るべく、政府もインパックを立ち上げ、
小泉メルマガは、世界最大の受信希望者数を得たが、
通信費の高い日本こそ世界のデジタルデバイドになっていると危惧する声も高い。
これまで、金持ちの国と思われてきた日本だが、世界に先駆けて突入する未体験ゾーン、
高齢化国家においては、ユニバーサル・デザイン力を高めた介護製品の企業こそが、
これからの社会的存在感を持ち始めるに違いないと確信し始めた。
なぜなら、身長・骨格・日常生活感など、互いの類似する点が多い亜細亜諸国にとって、
日本の高度な素材開発力とユニバーサル・デザイン力は、人間力を高める力になると思うからだ。
バリアフリーという点に絞ってみても簡単なこと、
貴方が、旅行先で足を痛めて帰国したとしましょう。宅急便やタクシーを使わないとします。
重くなったスーツケースを持って名古屋空港から自宅まで、どの道で帰り着きますか?
成田空港から、羽田から自宅までのコースを思い描いて確認してみてください。
電車のホームに上下のエスカレーターは、何処にありますか?
乗り慣れている駅にも覚えが浅くありませんか?
改札口からまだ階段がありませんか?バスのステップは?
家までの道に、横断歩道橋を使っていませんでしたか?
自宅の玄関に洒落た階段は付いていませんか?トイレはドアですか、それとも引き戸にしてありますか?


追 記● 8/28
8・25、日経新聞夕刊では、「ユニバーサルデザイン」がトップ記事になっていた。
力をいれずに楽に使える商品を取り上げてくれた。
中でも「いづれも消費者の声を基に改良、 同社(筆者注:コクヨ)の製品分野別販売シェアで、
現在一割を占めるまでに普及した。」ことと、 「財団法人共用品推進機構によると、
ユニバーサルデザイン商品の99粘土の市場規模8国内出荷額)は、 1兆8548億円。
前年度比26%と大幅に伸びた。 経済産業省が主催するユニバーサルデザイン懇談会では、
高齢化が進むなか、2025年度には、 少なくとも16兆円規模になると予測している。」
ということを付記しておきたい。


過去(2001年)のエッセイを読む

 その1
(7/23)その2(7/23)その3(7/30)その4(7/30)その5(7/30)

その6(8/8)その8(2002.8/9)


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