パリを挟んで南にカンヌの映画祭があるなら、北にはドーヴィルの米国映画祭がある。フランスの映画がかつてほどに活発でなくなったのは、アランドロンがドロンしてしまってからではなかろうが、どうも湿っている。からっとした空気のカンヌは、世界からの映画の見本市に場を提供し、北のドーヴィルは、米国映画のフェスティバルを開催する。「男と女」の砂浜で世界的に有名になったドーヴィルには、ノルマンディー・バリエールがある。超高級ホテルである。ロビーには、宿泊した有名人の顔写 真が飾られている。誰もが、若い歳の顔である。映画ファンなら、これを眺めるだけでも垂涎の場かも知れない。
 このホテルから地下道を通って、カジノに出掛けられる。勿論、正装である。砂浜には、着替えたりシャワーを浴びたりする簡易コテージが並んでいる。砂浜へ出て行く口には、トップスターのプレートがある。それぞれが出走馬のごとく専用の部屋から砂浜に現れるということだ。
 日本で類似したものは、トーナメントプロが泊まる部屋に、名前が刻まれているジュン・クラッシック・ゴルフクラブのコテージだ。今回、世界遺産のモンサン・ミッシェルに行く途中、このホテル、ノルマンディー・バリエールに泊まった。
 船から下りて意外にも困ることがあった。行き先々の洗面所である。「蛇口は上か下か」という問題。 レバーを上げると出るのか、下に降ろすと出るのかということ。にっぽん丸船内では、下げると出る。上げれば止まる。毎朝、毎晩繰り返しているので、いつの間にか、手が覚えてしまっている。 ところが、である。ツアーバスで観光地に向かうとき、トイレ休憩という停車時間がある。手を洗ったあと、出した水を止めるとき、ついつい、いつもの習性が出てしまう。閉めるつもりでレバーを降ろす。どっと大量 に蛇口から水が吹き出る。 水なら、まだしも、ホテルで湯を使う時は、洗面 ボールから顔に跳ねてくる。
 やってしまったのだ。ノルマンディー・バリエールでは、その上下が反対だった。翌朝も、チェックアウトの前にと、用足しをして手を洗った。水を閉めるつもりで、またもやうっかり、反対に水量 を上げてしまった。当然だが、水滴が飛ぶ。あらぬところに水がかかる。濡れた。そうなると、実に困る。ドライヤーの備えがあるホテルでは、それを使えば、時間も早く乾くのだが。出発時間になっても部屋を出られなくなってしまう。ズボンの替えなど持ち合わせていない。たかだか、ほんの一瞬、上下の手違いだったのに、だ。みっともないったらありゃしない。タオルで吸い取らせるのだが、焦っても仕方がない。畜生め、冷や汗が顔に出てくる。
 考え方に二通りある。蛇口を塞いでいるものを上げることで水の口が広くなると考えるのか、それとも、レバーを下げさせることで、水を下に落とすものと考えるか、である。 蛇口のレバーが、国によるモノか、場所によるモノか、メーカーによるモノか。せめて、ヨーロッパ圏では上、中近東では下、アジア圏でも下といったように、同じシステムにして貰いたいものだ。車のハンドルで事故は起きやすい。握っているハンドルが右か、左か、咄嗟の場合、無意識に日頃の動きが出てしまうものだ。蛇口のレバー。メーカーの違いだと言ってしまえば、可笑しくもないことで終わる。もしかしてそれは、下げるのが古いタイプで、上げるのが新しいタイプなのかも…しれない。
 その点、イギリスの大英博物館にあったトイレは、解りやすかった。全世界からの観光客が訪れるためか、文字と矢印で表示してある。右側に突き出た筒の先にノブが付いていて、前後が開け閉めで、右に倒せば、水量 の増減である。明快である。ズボンが汚れることもない。安心である。 ついでにトイレに関して言えば、幾度か、ツアーバスでのトイレ休憩で停車したときに出る言葉がある。
「いやあ、背が高い国のトイレは、用を足すにも苦労しますね。つま先立ちでは、足下がふらつきますからね。ははは」
「ああいったバスストップに子供は来ないのかねえ、子供用の高さはないもんかねえ、ははは」

 それにしても、日本は最高レベルの贅沢が普及している。何処の国を訪れても、毎回、日本という国の素晴らしさを実感する。日本で生活していることを誇りに出来るものがある。ウオッシュレット便器である。 或る国で、トイレに備え付けられた水槽と柄杓を見ると、足がすくむ。「サワデー」や「エアー・シャルダン」がないからではない。便器にしゃがむ。用を足す。柄杓に汲んだ僅かな水で尻部を洗う。左手を使う。使った紙は別 の器に入れる。食事を右手で食べる国では、そうなのか。例えどんなに美しい女性とて、その国ではそうなのか。
「ウオッシュレットの便器を、担いででも国に持って帰りたあい!!」
こう言ってしまう外国旅行者の話が、大げさな笑い話でないことがよく解る。切実な思いがよく解る。羨望の的、日本。
 海外旅行をしはじめた昔、トイレは紙質が悪く、しかも、1枚1枚のミシン目が四角のサイズだった。葉書よりも小さい面 積だった。節約だとはいえ、笑い事ではなかった。今は、タオルでも巻いてあるかと思うほどのサッカーボールの直径を持ったロールペーパーがどんとぶら下がっている。変われば変わるものだ。キッチンペーパーのようだ。
 我が国では、少しくらいの汚れ拭きに、パルプ100%のティッシュぺーパーをふんだんに使う国になった。ティッシュぺーパーなどは、買ったことがないという人が居る。銀行でもスーパーでも新聞配達所からも貰えるからだ。上野駅へ出向く度に、サラ金の広告が付いたポケット・ティッシュぺーパーをいくつか受け取る。ズボンにもジャケットにもポケティが何個も入っていく。 以前、僕のゼミの留学生が、「六本木や新宿で、ポケットティッシュを配っている姿を見つけると、何度もその回りを行き来して、大量 に貰い集めてきますよ」と。いまやそれほどに、ポケットティッシュは、広告媒体であり、街で貰うモノになった。思い出してみると、ポートサイドの街では、ジプシーの子供が、ノーマネー、ノーマネーといいながら、手渡そうとする。恵んでくれと言うのではない、せめて、このティッシュをサービスするから、自分にカンパしてくれという意味だった。
 実は、今回のクルーズのために、日本から大量に持ってきたモノがある。それは、「抗菌ウエット・ティッシュ」。これは、実に優れものである。考えてみれば、殺菌、滅菌、抗菌と、日本は公衆衛生国家なのである。ひとことでいえば、神経質なほどに「きれい好き」国民。 オープンキッチンで料理をするレストランの経営者は、おそらく日本が一番きれい好きではなかろうか。洗い物をどうするか、皿をどこに置いてあるか、包丁はどう扱っているのか。他人が素手で握る寿司を平気で口にする国民である。生ものを食べる国であることが、この国の清潔好きを創りあげたのだろうか。高低差の多い山から流れる水量 と良い水質に恵まれた国だからであろうか。きれい好きな国民であることが、いわゆる「お手洗い」での、こうした生活商品を開発していったことは間違いない。
 美味かったという証に、テーブルの上や下に、食材の殻や骨などを置いておく国もあれば、客をもてなすのに、自分の箸で客の器に入れてくれる国もある。無菌状態に慣れた日本人は、少しの水でも、簡単に腹痛を起こしてしまう。屋台の料理がどう料理されているかも知らずに、地元の人と同じに口にすると、たちまちやられてしまう。6月の中旬になると、マヤ文化の国に寄港する。おおかたの日本人は、ここで下痢になる。水の整備されにくいメキシコの片田舎では、一流のホテルに居てさえも、僕らロケ隊はやられてしまった。仕事にならないのである。
 観光客とトイレの話にまた戻る。北京オリンピックに向けて、公衆トイレの改善、公衆衛生の徹底を計ると、中国政府は、ずいぶん前からプレス関係者に発表していた。熱を通 す中国の美味しい料理と政府の衛生対策は、表裏一体になっていくだろうことを期待する。世界各国から訪れる観光客も、異国の地で毎日の生理現象とつきあうのだから。
 パリのカタツムリは、誰もが知っているトイレである。コペンハーゲンなどの広場には、手すりが階段についているだけの場所がある。地下から人が上がってくるが、地下鉄ではない。トイレである。 アムステル・ダムでは、デパートでセーターを買った際にトイレは何処かと訊いたら、この中にはトイレはないと言われたことがある。
 ピカデリー・サーカスにあるロンドン三越の地階、紅茶と書店の店奥にトイレがある。シュッピングの終わりに、使わせて貰おうと入ったら、個室ドアの入口に黄色いモノが散らかっていた。おそらく、間に合わなかったのだろう。相当の焦りと衣服の始末で手こずったのではあるまいか。しかるに、三越側は、その後の処置をしていなかった。そのモノは、時間的に2,30分は経っているだろうというモノだった。高級ブランド品を扱っている三越が、客の誰からも報告を受けていないのだろうか。私は近くの店員に、こう囁いた。
「男性トイレの始末をしないままにいますと、天下の三越が恥をかきますよ」
水が違う。身体が違う。チップの小銭を常に持ち歩いていないと、トイレにも行けない。見知らぬ 国で、洗面所というところは、意識して歩いていないと、飛んでもないことになる。

 世界一周の旅も、丁度、折り返し地点に来た。東陶、伊奈製陶、松下電器のウオッシュレット、三菱の温風殺菌手拭き乾燥機、水に溶けるポケットティッシュ、ダスキン・クリーニング・サービスなど、日本企業の衛生産業は、まだまだ世界制覇出来る余地を残している。半導体、プラズマTV、デジタル玩具などよりも、衛生産業は、国民全体の健康を司るのだ。医療費の低減化を意図する、予防医学が水にまつわるところから考えられるといい。アジアからヨーロッパを巡ってきて、つくづくそう思った。


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