インド洋の「真珠の首飾り」。そう言われてきたモルジブ環礁 群。昔は、ダイビングの宝庫といわれ、日本からは一部のマニアがモルジブまで遠征していたが、今は女子大生の卒業旅行や、ハネムーナーが多く訪れている。男どもよりも女性同士の方がよく知っていると評判の贅沢なリゾートホテル群だ。
 大きな楕円で彩られたターコイズブルーの海に張り出した水上コテージ。島に はホテルの従業員と客しかいないという隔離された別世界。時折、静けさを破るのは、水上飛行機のフロートが着水したエンジン音。海にせり出した部屋は、焼け落ちていく夕陽を独り占めできる。やがて、天空は、誰にも邪魔されない、手の届きそうな星で飾られていく。ここまでは、映画やCMの風景になる絵はがきのような風景。
 シンガポールやスリランカ、インドからほど近いリゾートのモルジブだが、そ の首都マーレの沖に我々のにっぽん丸は投錨した。ドーニーと呼ばれる通 船で 上陸した。贅沢なリゾート地への想いは、大きく変わった。
 非日常の世界を創りあげた珊瑚礁のコテージを頭に入れてマーレの桟橋に降り ると、若者が我先勝ちに観光客へ擦り寄ってくる。ぞろぞろと一緒に歩き始め る。手には名刺を持っている。
「ドコデモ、街をアンナイスルヨ」「ドコヘ、イキタイデスカ」「ミヤゲ、イ チドミマセンカ」「カワナクテモ、イイ、ミルダケデ、カマワナイ」
何人もの 男たちが背中をぶつけなりながら、口々にしゃべる。名刺を渡そうとする。見 ると、あちこちで数人の固まりが移動している。まるでタレントにサインを求 めているファンの一団のようだ。にっぽん丸から下船した初老の日本人夫婦が 戸惑いながら、彼らを引き連れて歩いている。
 バンコックでのゴルフ場が頭に浮かんだ。車が着くと、あどけない女子中学生 と思われる歳のキャディが駆け寄ってきて、後ろのトランクに掌を置いて、車から降りてくる僕らになにやら懇願している。バンコック住まいのFさんが、トランクの周りに走りこんできた彼女たちの顔を見ながら人数を数えている。 その人指し指が自分の顔に止まると、彼女たちは、ほっとした顔に戻る。
「一人で二人のキャディを頼みますね、彼女たち大変なんだ。今日1回もキャ ディできないとね、とぼとぼ帰る後ろ姿、見てられないのさ。キャディフィー、 一人800円だからさ、お願い。あ、でさ、日本のティマーカーある?ゴルフ場 のロゴマークついたの、あったら彼女たちにプレゼントしてやって。こっちじ ゃあ、珍しくって、みんなコレクションしてるのさ」
彼女たちの800円は、充 分ではなくても貴重な収入源なのだ。
 彼らもそうだろうか。観光案内人という免許を所持していると聞く。しかし、 首都といえども、マーレの島は、歩いて回れるほどのサイズである。魚市場、野菜市場、スーパーマーケット、アイスクリームショップ、モスク、博物館。ほかに観光客に見せるモノはなさそうだ。つまりは、土産物店からのコミッションを得るために、まとわりついているのだ。付き添うほどのガイドポイント がない島で、それも数軒のスーベニールショップのために、男たちの人数は、見た目で40名をくだらない。土産物に値札が付いていない。すべて店員に訊くか、ガイド役に訊くのだ。単品ではなかなか引き下がらない。
「タクサンカッテクレタラ、ザイゴニマトメテ、ヤスクスルヨ」の言葉の繰り返しだ。このやり方では、やがてマーレでの観光客の信用を失いかねない。漁業が盛んだと言うが、観光で生きているなら悲しいことだ。
 モルジブの環礁群は8の字のような花輪の形で南北に散らばっている。珊瑚礁 の上に築かれた有名なリゾートホテルは、インドを始め、英国、米国、イタリアなどの外資による開発デザインである。小島1島に1ホテルの経営スタイルでビーチヴィラと水上ヴィラが点在する。ヴィラ1棟にスパやプールが付属しているリゾートホテルもある。島内にヴィラの他に、水中レストランがあったり、テニスコートがあったり、地下のワインセラーには、ワインが8000本も貯蔵されていたり、野菜畑からハーブ園、果 樹園まで持っている島がある。自転車でレストランまで出かける島もある。部屋も、79平方メートルから広くなれ ば273平方メートル以上があるという。水上に建てられられたガラス張りの教会すら存在する。ゴミの再生や飲料水、ワイヤレスブローバンドの通 信設備も含め、ヴィラ建築、インテリア、エクステリア、ランドスケープまでが、世界的なプロジェクトスタッフでデザインされている。パパラッチも寄りつけないプライバシーを確保できるので、セレブリティな滞在型リゾート地として益々インターナショナルな 洗練された、世界の環礁地帯となって行くに違いない。2004年末の津波以来、 これまでのヴィラの改装建て替えラッシュが続いているという。
 地球の温暖化が進めば、海抜3mとも6mとも言われている2000の島が姿を消すという問題が忘れられ、モルジブ国家は、外国資本による「植民地国家」が 形成されているといってもいい。
 義務教育制度のないモルジブでは、4歳から高校生まで、英語教育が行われて いる回教徒の国である。地元住民の住む島では、ノースリーブも短パンも禁止 の国が、世界に誇れるリゾートホテル群を形成している。海底から大がかりな建築機材で採掘した砂を使って埋めるという、島の造成工事を進められ、フォーシーズンも、クラブメッドも、ヒルトンも、ホテル島を持っている。イギリスの富豪が妻のために建てたという小島のヴィラがいまや、評判で2島にもなった。ソネバフシとソネバギリがそれだ。ソネバとは、ソヌの妻エヴァを意味する。
 確かに、国民の雇用喚起にはなっているだろう。ホスピタリティ教育にも、実 用英語教育にも、国際感覚を醸成するためにも、税金収入にもメリットはあろうが、目にする外国人は、ビジネスマンではなく、自分の時間を過ごす為に行動をしている気ままで我が儘な人々の姿である。素直な人間的にも素の姿といえるかどうかは疑わしい。どこかにねじれ現象が起きてこないのだろうか。
 因みに今回船客が体験宿泊のツアーで出かけたマーレ北方のバー環礁にある 「ココパーム・ドウニコル」(1998年オープン)には、日本のホテルで勤務し た経験のあるマネージャー、パトリック氏がいて、日本語が通じる。ビーチビ ラのシングルで368〜478$、ラグーンつまり水上ヴィラのダブルで756〜886$ だそうだ。イタリア人専用のヴィラなど、すべての島に日本人が泊まれる訳で はない。 「ラニアエクルペリエンス(Ranie Experience)」というヴィラは、部屋が 3室、ゲストは最大で9人しか泊まれない。島一周には約10分もかかる。シェフもバトラーもダイビングインストラクターもスパセラピストも、ゲストを待っ てこの島にやってくる。なんと、ここには、大型クルーザーまでが用意されて いる。3食付き人件費付きのすべてで8000から10000$という宿泊代。ここまでのことをアテンドするからには、3泊以上はお泊まり願うという次第。ラグジュアリーという言葉は、こうしたレベルを指すのだろう。
 かつて、グレート・バリアンリーフにある某島に滞在したことがある。ブリス ベンから飛び立って島に降りた。飛行場から港までは100mほどだった。待っていた船に乗ったら、そこが泊まるホテルのカウンターになっていた。浮かぶフロントである。チェックインしている内に、風景が動き出した。シャンパンを出され、ソファーにくつろいで、ホテル島に向かったのだ。1時間も過ぎたとき簡素な埠頭に着岸した。熱帯林を抜けると、ホテルの玄関だった。ここにはレストランは3カ所、プールは2カ所、ショピングモールとシアター、ライブラリーにビリヤード、ミニゴルフコースがあり、マリーンスポーツのギアは何でもあった。部屋には当然ながら、新聞もテレビもない。一週間以上の滞在者しか受け付けなかったし、実は日本人が多く来ることもあまり歓迎されない空気だった。但し、このアイランドホテルは、オーストラリアの資本である。 こうしたホテル・アイランドが世界に増殖したとき、島民の現実の生活とのギャップをどう考えたらいいのだろうか。首都マーレの街に住む回教徒の若者と、 水上ヴィラとのコントラストに、「観光植民地国家」という単語を考えてしまった。今年も日本人がGWに56万5000人海外旅行に出かけるというニュースを、 ソマリアとイエメンの間のアデン湾洋上で聞いてしまった。


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