2002年1月下旬から約一週間、ニューヨークを訪ねて来た。
驚くほど安い航空券を手に、靴の底まで調べられたセキュリティ・チェック、
入国時には、はじめて日本での職業を詳しく尋ねられたりもした。
しかし、ひとたび空港からタクシーに乗り込むと、
それまでの緊張を一気に紐解くようなタクシードライバーの笑顔が私を待っていた。
彼は車を発進させるや否や私の理解不能な言葉で何かを呟いた。
「何か私に話しかけました?」と彼に尋ねると、
「ああ、すみません。お祈りしていたんです、僕の国の言葉で」と、
彼は韓国語で書かれた聖書を私に手渡した。
ぼろぼろに使い古された聖書を手にした時、当然、私の脳裏にはあの9月11日のテロ事件の映像が浮かび、
あの日、彼はこの聖書を堅く握りしめ、一体神に何を呟いたのだろうかと想像した。
そのことについて質問すべきかどうか躊躇していると、彼は「私の大切な家族の写真を見て下さい」と
何枚もの家族写真が入れられた小さなファイルを聖書とひきかえに手渡してくれた。
その後、彼は延々と家族の話をしてくれた。生きていられることが本当に嬉しいといった表情で。
そして私は彼に9月11日の話を聞けないまま、マンハッタンに到着し、
なんだか珍しく彼と握手までしてタクシーを降りた。
今まで何度も訪れたこの街で、何度も乗ったイエロー・キャブの運転手とのつかの間にも、
私はこの街の人々の何かが少し変わったのかもしれないという自分勝手な想像をした。
今回の旅の目的は、ただ、この街を訪れ、<あの場所>に立ち、
ずっとモニターや紙媒体の向こう側の存在だったこの街の出来事の“それから”を、
自分自身で感じたいと思ったからだ。